【集団に入れない気になる子供】クラスに「発達障害の子」を見つけたらどうしていますか?保育園や幼稚園の先生たちに考えて欲しいこと

未来型子育て
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はじめに
相談にくる親子には様々な理由がありますが、一番こちらが困るのは「幼稚園・保育園の先生に相談に行くように言われたから」です。先生たちの目が光っている現状に危機感を感じています。
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園の先生たちが「あの子、発達障害じゃない?」と考える場面

集団の中で下記のように手がかかる子は目立ちます。そんな中で「発達障害では?」と考える傾向が。

好きなところに行ってしまい、呼んでも戻ってこない。

お部屋で朝の会や製作、遊戯室での活動など、教室にいて欲しい場面で部屋から出ていってしまう子は1番目立ちます。そして手がかかります。危険なこともあるので加配が必要となってしまいます。今はどこも人手不足で余っている先生がいません。・・・となると園長クラスの先生の手も必要となるわけです。職員室が空になってしまう光景もみられます。

よそ見をしていて全く聞いていない

座っていてくれるけれど、外の様子が気になる、隣の子の持ち物が気になる、目の前の道具が気になるなど、一斉指示を聞いていません。そのため、後から「できない」となったり、勝手に違う手順で進めてしまうため、再度個別に理解を促す必要があります。みんなに話している最中にその子が聞いていないことが気になり、その子への注意だけが響き渡るというクラスもみられます。

好きなようにできないと癇癪になる

手順が自分の思っていたようにならないと怒り出す子がいます。特にお友達がやってしまったり、自分で上手にできないと癇癪になってなかなか気持ちが切り替わりません。宥めても耳を貸してくれないので疲れる先生も。その子だけ特別扱いになると、他の子供への影響を気にする先生もいます。

予定と違うとパニックになる

運動会、音楽会、遠足など、いつものルーティンではないことを受け入れられない子供達がいます。泣き出す、移動教室ができない、はたまた暴れるなど。先生たちは当日までに完成するように練習を急がないといけないので、その子に付き合っている暇はありません。

会話にならない 目を合わせない

言葉の発達は個人差が大きい(最近は特に)ですが、そもそも呼んでも振り向いてくれない、独り言を言っているだけ、質問しても答えられないなどが気になる。他の子供とは言葉でやりとりできるのに、コミュニケーションができない子の存在は先生たちにとっては心配の種となります。

さて「発達障害」がありそうな子供をみつけたら先生はどうしていますか?

今は「発達障害」の子は全く珍しくありませんが、「あの子は絶対そうだ!」と気づくと、いてもたってもいられなくなるかもしれません。ラベルを貼った途端、「どうして私のクラスに?」と困り感、疲労感がどんどん増してしまったりします。ではどうしてる?

他の先生たちと共有する先生

小さな園であれば「おかしいよね」となんとなくそういう話になるようです。大きな園であれば、その子をよく知る前年の先生や、先輩保育士、仲の良い同僚などと意見交換をして、自分の疑いを確固たるものにしていきます。

「自分の手腕が足りない」と言われそうなので、管理職にはなかなか言いにくい人が多いようです。

お母さんになんとか伝えようとする先生

「お母さんは全く気づいていない」と感じると「お母さんに伝えたい」と考える先生がいます。ただ、少しずつエピソードを小出しに報告しても「うちではできてます」「先生のやり方が合わないのでは?」と思いを砕かれてしまうことも多いのも事実。
最終的に「どうして伝わらないのか!あのお母さんは間違っている!」と怒れてしまい、敵対心が生まれます。

そんな状態を幾度となく目にしています。

「発達障害」の可能性をもつ子供を見つけたときに、まず考えてみて欲しいこと

皆さんはご存知だと思いますが、「発達障害」だからといって医療行為は始まりません。なのであくまでその子の今後の成長をイメージしてみて欲しい。

「療育」=解決ではない

お母さんに発達相談をすすめる先生は、私に「診断の必要性を知らせて欲しい」「療育につないで欲しい」と道筋を考えて下さっている方がほとんど。

その時点で実は私が考える「発達相談」の目的とはずれます。私にとって「発達相談」は、日々の関わり、なんならたった今からどうかかわればその子が伸びるのかを一緒に考える場です。また得意なところやすごい部分を中心に伝えて、育児に自信を持って欲しいし、自分の子供を誇らしく思って欲しい。その中で年齢からすると幼い部分、これから気をつけて見守った方がいい部分も伝えます。
そこに「発達障害」なんて言葉は必要ない・・・

「療育」?。確かに早期療育という言葉がネット中に飛び交っていますし、高額で通わせる自費療育もみかけます。
でも待って。毎日会うのは先生!あなたなんです。その子が必要としているキーパーソンは先生なんです!社会性、人間力、表現力を学ぶために、就学時に少しでもできることが増えるように、毎日幼稚園、保育園に通っているんです。大切な出会い。
だから感謝しかありません。たとえお母さんが付き合いにくくても、その子を伸ばす場にいてくれる先生に感謝しかない。

だからわざわざその社会から取り出して行う「療育」の検討は2番目です。

ユニバーサルデザインの教育の場にはなりませんか?

① 子供個別のシールを決め、ロッカーやタオルかけ、あらゆる場所にその子のマークとなるシールが貼ってある
② 黒板にこれからやることが書いてある。手順が絵で示してある。
③ 給食のナフキンやスプーンの並べ方が写真で飾ってある。

上記のこと、やってくれている園もありますよね。今は世界中で「ユニバーサルデザイン」を取り入れ、定型発達の子供もそうでない子供も同じように学べる工夫が推奨されています。そして定型発達の子供にとっても視覚的援助、わかりやすい指示は有効なので戸惑いを少なくしてくれます。

だから、上記に挙げた先生たちのちょっとした工夫でASD傾向のある子供が何人助かっているか。工夫のおかげでASDが色濃くなっておらず目立たない子供もいるんです。

お母さんに知らせるのではなく、一緒に考えていく姿勢をとってあげましょう

お母さんたちは生まれた時からその子をずっと見てきて、できるようになったことを目の当たりにしたり、明るい子どもとずっと過ごしてきました。かけがえのない宝物です。でも突然そんな我が子の悪い部分が報告されると傷付きます。自分の子供が世間からそんな風に見られていた、否定的に捉えられていると知ることはショックすぎます。
「家では困ってきていない」「子供はこんなものだ」とおおらかに受け止めているお母さんは、反発したくもなりますよ。

そこで気をつけて欲しいことは「座っていられない」「〇〇ちゃんを叩きました、噛みました」「練習に参加できていない」などではなく、
「どうしたら〇〇してくれるかなー、〇〇ちゃんなら本当はできるはずなので悩んでいるんです。やり方かな〜、家ではどうしていますか?」
と悩んでいる姿勢をみせながら、お母さんにも解決策を出してもらうこと。
そして「じゃあ、明日は〇〇でやってみます。ぜひ一緒に考えたいのでまた宜しくお願いします。」
と言いながら、少しずつ心の距離を近づけて欲しい。

「否定的にみられている」わけではないことが分かれば、お母さんの口からポロポロと本音が出てきます。

あと、先生としては「今!」と思っても、妊娠後期のお母さんに自閉症と思わせるような会話は控えてもらいたいです。遺伝などのナイーブな話題もでるので情緒不安定になり、色々と悪影響がでてしまいます。

資格をとるにあたって学校で習ったことを思い出して下さい

「〇〇くんははさみをやろうとしない」「〇〇ちゃんは座って食べてくれない」など先生たちから園生活での困り感が聞かれます。

でもね、苦手なことに取り組もうとしない子には励ましは必要だし、「先生あの子のところに行かないとなー、でもすぐに戻ってくるから、ここまではやって待ってて。」とスモールステップにしてモチベーションを上げてあげたい。1歳2歳の子が座って食べられないのは「発達障害」があろうがなかろうが、根気よく視覚的指示や見通しをサインや声かけで伝えてあげて少しずつ慣れてさせて欲しい。

だって、そのための資格だもん。子供のやる気を伸ばし、自信をつけさせる、つまづいた時は手を差し伸べて起こしてあげるのが先生だもん。

上記のことは人手が足りていないから、「発達障害」だから、とかの問題ではなく、保育の質の問題だと断言します。

まとめ

少し辛口の記事になってしまったかもしれません。すみません。
ただお母さんたちの涙をたくさん見ているので、相談まで来る道のりが険しいものだったんだと感じる日々です。これまでどんな夜を過ごしてきたのかと思うと胸が痛いです。

先生たちが「発達障害」に気づいた視点は良いですが、動く前に一歩待ってもらえると嬉しい。
どんな子供であっても、ユニバーサルデザインで普段通りにやりましょ♪という世の中に早くなって欲しいです。

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