5年ほど前に新たにできました「公認心理師」という資格。どう考えてもこりゃダメです。私は資格保有者ですが、考えれば考えるほど「心理士(師)」は無理に整備できる資格ではないし、やっぱり日本は失敗したみたいです。その理由を記事にします。本音ですので、差別・偏見を含む記事かもしれませんが悪しからず。※この記事へのアクセスがかなり多いので一部修正済み
● この記事を読んで欲しい人 ⇩
- これから公認心理師になろうとしている若者
- 心理職なんて、うさんくさくて仕方がない人
- 心理の現場で働く者が感じる痛烈な問題点を聞きたい人
心理・相談の前提として!
皆さんはどんな人に心の相談をしたいですか?できますか?
自分より一般教養のなさそうな人、経験がなさそうな人、色んな人間のことを知らなそうな人、弱そうな人、言葉が拙い人、計算遅そうな人、ただの噂好きなおばさんに、少なくとも私は心の深い部分の相談はしたくありません。(仙人レベルの人はOK笑)
したくても、たとえ必要でも、医者に言われても、できません。
あなたのプライドが高いでしょ!その時点で相談必要ないんだわ!って言われるかもしれませんが、実際に私が逆の立場だったとしたら、良い治療を提供できないように思います。
相談したくなるような、人間として滲み出る包容力や真の傾聴を身につけることは普通の人では難しいです。正直、どんなに練習しても学べることでもないと思います。
現場にも心理に向いていない(と感じてしまう)女性をたくさん見かけます。
「臨床心理士」の時点で失敗している
日本が心の病ときちんと向き合い始めたのは諸先進国より遅れてのことですので、国基準で心理職を整備し始めたのはここ10年ほどです。ただ20年ほど前に皆さんもご存知の「臨床心理士」という資格をより確実なものにしようとする動きがありました。その時は残念ながら国には認めてもらえなかったようですが、その時にすでに今起こっている問題が見えていました。
指定大学院制度の失敗
指定大学院制度とは、大学院側が「臨床心理士会」から求められる基準を満たしたカリキュラム(講義内容や教授、単位数など)を設定し、「臨床心理士会」に認められると、そのカリキュラムを修了した学生には「受験資格が与えられますよ」というもの。一応「より専門的な知識を習得した優秀な人材の確保」ということで6年教育(医師や薬剤師、弁護士資格なみ)を目的としていたとは思います。
・・・が、あの頃は「サイコロジーブーム」の余波で「心理」の勉強をしたいという女子学生は多かったんです。それまでは哲学や文学の中に紛れるようにあった「心理」ですが、仕事にできる可能性がでたということで、一気に志願者が増えていきます。さて大学側としては「受験費用」「大学院まで見越せる6年分の授業料」などの収益につながる大きなビジネスを放っておくわけがありません。躍起になって「指定大学院」になれるように頑張っていましたね。
聞いたことのない大学の「臨床心理士」が増えていったのはそのためです。
(※どんな大学名でも心理学科だけ倍率は高くなったため、それなりにお勉強は必要。)
そして心理学を教えられる国立大学の教授たちが、お給料の高い私立大学へ流れていったため、国立大学の心理は廃れていくこととなりました。少しばかり優秀な女子学生たちは行き場を失い、心理をあきらめ、大学名をとって入学したのです。
「 〇〇(女子)学院大学心理学科 」と「 国立大学 or 東京6大学あたり 文学部 」では、見栄えが全然違います。女子の学歴は結婚にも使えますし、親の気持ちは非常にわかります。
A. 結局、おいしい思いをしたのは潰れそうな私立大学だけ。
心理の専門性が全く謎であるという失敗
「相談する」という仕事は「医療、教育、福祉、産業」といったたくさんの領域で必要な仕事になりますので、資格整備以前は「医療、教育、福祉」を心理の近隣諸科学と位置づけ、それぞれの職場にいつつ、「心理学の勉強もした人(合格した人)」が「臨床心理士」を名乗れたわけです。
ところが、「心理」の専門性のみに特化させた人を育てようとした結果、他の職種から「なんなの?」「何する人?」と疑問を抱かれる存在となりました。「大学院で心理の勉強されてきたんですね、優秀ですね。で?」。
というのも、日本での心の病は生活環境、職場環境などが大きな原因と捉えられる風潮なので、根本的に人間個体がもつ脆弱性や内省からくる人生力に焦点をあてたようないわゆる「心」を扱った取り組みはまだ入る隙は少ないです。その点、環境側をある程度触れるソーシャルワーカーの方が重宝されます。悲しいことに学部や専門学校のみでなれるのに、ソーシャルワーカーの方が心理士より専門性が高い仕事ができ、給料も高いこともしばしば。
各領域の中に「加えて、心の勉強をしている人」というレベルの高めの人材を増やし、その人材の企業内での使い方を国がフォローアップしていけば良かったのにと思います。
A. 結局、日本の社会では全体を見ないと救えないというシステムに反する、名前だけの素人を作っただけ。
ワーキングプアの高学歴の専門家を作った失敗
アメリカやイギリスといったドラマで、カウンセラーがいかにも高級なインテリアの部屋に招き入れて、心地の良さそうなソファにもたれかかって相談が始まるような場面を見たことがありませんか? あんな人は一握りかと思いますが、海外では個人で起業する「心理臨床家」は多いようで、自分の学歴、コース、学術論文などをアピールしながら顧客を増やしていったりするようです。またカウンセリングが身近な社会であれば、ニーズも多いということでその分臨床家が果たす役割も認められやすいという好循環です。
一方、日本では個人起業の心理士さんは少ない。メディアに露出したり、本を出したり、ある程度職場で実績と人気を得てから独立する心理士もいますが、ほとんどの若者は「病院」「施設」「公的機関」「学校」などで事務職のような扱いで入職します。
正直、入職できれば良い方です。心理の求人は少なく、あっても「5年10年の経験者求む」といったもの。育てるのに大変なので即戦力しかいらないのが現状です。「経験不問」にひかれて入っていみたら「心理士」とは名ばかりで、老人介護や送迎なども仕事内容であることもあると聞きました。「社会人1年目なんてそんなもんじゃー💢」という方もみえるかもしれませんが、大学院まで行って学と腕をつけたはずなのに、そんなものは必要とされない毎日ではどんどん自分は何を苦労してきたんだと悲しくなりますよね。加えて、他の専門職の同級生はもともと資格手当が手厚いし、2年分早く昇級しています。
親御さんの出資は子供にただ歳を取らせただけかもしれません。
A. お金と時間をかけたはず、心をすり減らして働いているはずなのに、他職種と比べると割りが合わない現実。自分の心が痛むだけ。
「公認心理師」試験の失敗
今年で4回終わった公認心理師試験ですが、来年令和4年の5回目までは「現職者ルート」が設けられていて、指定大学院をでていなくても受けることができます。「臨床心理士」も実務経験年数で大学院を出ていなくても試験を受けられる時期はありました。が、結構この猶予制度がひどい。また受けてみてもっとひどい中身が明るみになりました。
現職者ルートで受ける現職者が心理職ではない現実
「公認心理師」は結局大学院をでていないと試験が受けられません。という資格に今後なります。最初の5年間は現役者や専門家への思いやりの経過措置なのですが、そこに心理分野とは遠い人たちがたくさん紛れています。なぜなら、受験資格の証明書のチェックが難しい(詳しくされていない?)から。
・看護師でも精神科病棟勤務してきました
・老人施設でお年寄りの相談業務担当でした
・長年、教師ですが生徒や保護者からの相談受けてきました
・ソーシャルワーカーですが心の悩みも受けてきました
という人々がたくさんいます。
大学院の苦しい心理学を学んだことがない人が名乗ることもあるようです。
試験のレベルがやや低すぎるのではないかと思った現実
私はかなりのブランクがあり、加齢とアルコールで脳のメモリは壊れていますが難なく受かりました。周囲には「落ちた」という教育現場の方がたくさんいましたのでやや緊張しましたが、過去問を解いても合格ラインいかないなんてことはなかったです。日本語の文章読解ができて、人間関係の一般常識があれば・・・5.5割は取れます。心理の専門知識よりも文章読解力が必要でした。
それなのに毎年(ちなみに第1回〜4回まで)半分近く不合格になっているのですから驚きです。
一体元々の学力はどんな方々が受けているのでしょうか? 現職者ルートがあるうちにあわよくばと何度も受けている方がいるから?
この項目については多くの反論を想定できてしまう部分ですが、「心の深い部分について見せる他人」は、安全に選びたいし、国には有効な「スクリーニング」をして欲しいです。
日本の心理士(師)は必要とされる時代はくる?
色々書きましたが、結局、心理職はこれからどうなるの?
AIが心理検査、精神分析してくれれば不必要
AIがとって代わる仕事になり得ると思います。
会話内容の分析、検査結果の解析、検査態度の行動観察、相談中の生体反応(心拍体温など)のデータ収集など、全体を情報処理できると考えると優秀な心理士ができるのではないかと考えます。
それでもあたたかみのある人間相手に相談したいという人はいるでしょうから、消えることはないにしても、ただでさえ少ない現状より、さらに職はなくなるのではないでしょうか。
優秀な人は目指さない心理職は確固たるものにはなりにくい
まさしく最近の国家公務員の動向と一緒。
時間と労力を惜しんで、人のために働こうとしているのに、努力に見合った報酬が得られないのであれば、広い展望で自分の人生を守れる人であれば遠慮します。
残念ながら「お!」と尊敬される心理職が少ないうちは公認心理師という立場は弱いままです。
「大学院もでているし、なんかすごそう」とハードルが上げられた状態で、何もできなければすぐに敵意を向けられてもおかしくありません。
今のレベルのままの公認心理師をいくら増やしても、事務扱いは抜けられません。
まとめ
私の結論→「心理」は趣味程度に学んで、自分の人生に活かすくらいが丁度良い。
少なくとも今の日本ではせっかくの若い頃の時間と労力を向けるべき価値がある仕事ではないと思います。私の子供がもしそんな夢を抱いたら止めます。
私自身、「心理職」でやってきていますが、虐待が原因で幼い頃から病んでいたので、そんな病みが「心理」という闇に目を向けさせただけだと、子育て中なのもあってしみじみと再考しています。「心理」は一種の魔力のような言葉で、若い頃には取り憑かれやすい笑
かけがえのない大学院での学びや「心理士」としての半生を振り返ると、生きる糧にはなったと思いますし、子育てにもかなり生かせているのでメリットもありますが、高校時代の私に会えたら、絶対止めたいと思います。子育てをしているから誰にも失敗してほしくないという思いが尚更強くなっているのかもしれません。
この20年近くで心理の仕事に就きたいという人からたくさん相談を受けてきました。今もまさに親友の高校生の息子が「数学が嫌いだし、文系にすすんで心理学を勉強したいと言っている」と相談されました。「勉強するのはいいけれど、具体的な人生設計は?」と言いました。家族が欲しいのか、どの程度の暮らしを望んでいるのかなど、子供には具体的にイメージさせないといけません。「頑張れば良い人生が歩ける」「大学を卒業すればなんとかなる」という漠然とした考え方はもう古いのです。なぜなら生きる意味を求めた時に、自分に裏切られない大人になって欲しいから。